小来川と日光との関係
小来川は勝道上人が766年に日光を開山した後まもなく日光社領となって以来、現在に至るまでの間に、日光と分離した時期が2度ほどありました。最初は豊臣秀吉が小田原の北条氏を攻めた1590年のことです。小田原方に味方した日光社領は所領を削減され、小来川を分離されてしまったのです。この状態は江戸時代、1615年まで続きます。2度目は明治になってから小来川が隣接する地域(板荷)と村を形成し、その後に独立した小来川村となり、昭和29年に旧日光町と合併するまでの間です。小来川と日光は実に1000年以上の歳月を共に歩んできたわけです。
このように小来川と日光は古くから社寺と信仰における繋がりが深く、滝ヶ原にある滝尾神社は日光の「二荒山滝尾神社」の分であり、また建立当時は真言宗の寺であった小来川の古刹、円光寺も日光御神領の設定に伴い天台宗に改められたものです。小来川は修験の場としても栄、今でも毎年6月には日光から小来川を経由して古峰ヶ原へ抜ける峯修行、「華供峯(はなくのみね)」が行われております。
小来川は栃木県西部を流れる黒川の源流域にある四方を山に囲まれた静かな山里で、日光市の東南部に位置し、南で鹿沼市、東で今市に隣接しております。小来川の気候は北関東としては比較的温暖で、家々の生垣には茶が植えられています。この地域は昔から六つの集落によって構成されており、かつては小来川村として一つの自治体でありましたが昭和29年に日光町と合併し現在の日光市を構成しております。(現在は2市2町1村が合併して15年になります。)
小来川の歴史は古く、約4000年前の遺跡が出土しており有史以前から人が住んでいたとされますが、この地方が歴史上に現れるのは奈良時代、日光開山の祖として知られる勝道上人が、小来川を代表する山である鶏鳴山に登って修行の日々を送ったとされている記録です。 また、その後、弘法大師も日光参詣の際に小来川を訪れ、数々の伝説を残しております。このように長い歴史と文化を誇る小来川には、他にも黒川神社や圓光寺などといった神社や古刹、集落に春の訪れを告げる山中地区の桜並木や、西小来川・東小来川の獅子舞など、有形無形の文化財や自然美が残されており、訪ねる観光客の目を潤してくれます。小来川の風景は、まさに日本の原風景と言っても過言ではないでしょう。
小来川に訪れてみてはいかがですか?ここには山あいの村独特の時間が静かに流れています。きっと私たちが普段の中で忘れかけているノスタルジーを想起させてくれることでしょう。(18年前の資料をもとに構成したものです)
山の一軒家の珈琲屋に5月1日自転車で外国人2人が来た。その外国人3家族10人が5月29日に又、来てくれました。英語の出来ない私ですけどオープンテラスでコーヒーのおかわりしてたので美味かったのだろう❓。井戸水を鉄瓶で沸かして飲んでもらってる事を手まねで伝えて「おいしい」と言ってもらった。 県道から200m山道へと入ったところに「木香」があります。来た人達が口をそろえてこんな所に店が今度「ゆっくり来ますから」で、蕎麦屋で食後チョイ寄りで来たお客くさん?これは5月に来たお客様の声です。
6月はキュウリもお客様のために苗を40本植えてあり食べられることと思います。
ゴールデンウイークも終わり、コロナ対策の日々が続きますね。でも、山里の珈琲屋さんは平気でした。緑に囲まれたテラスでのむ珈琲は時間を忘れます。700坪の畑にジャガイモ、キュウリ、モロッコいんげん、トマト、トウモロコシ、カボチャ、サトイモ等の芽が出て育っています。
木工所にてはオリンピック聖火ランナーのトーチ入れを日光杉「天然記念物」H1800xw600xⅮ450寸法で作りました。
現在作品は日光のホテルに展示してあります。
「ふかうみ通信」令和3年、次回は「小来川周辺の伝説・昔話」を載せようと思います。
「木香」モカ 営業日( 土曜日)( 日曜日)変更日あり、連絡してください。
スイセン畑が満開。外のオープンテラスで飲むコーヒーは最高です。
澄んだ空気で、田舎おやじの淹れた一流の一杯の珈琲は格別の味かな?
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